神戸地方裁判所 昭和26年(行)17号 判決
原告 西本寛一
被告 神戸市長
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「原告に対する昭和二六年度市民税賦課処分につき、被告が昭和二六年七月二三日為した更正決定を取消す。被告が右更正決定に基き同日附で発した徴税令書による徴収処分は無効なることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として、「被告は、原告の昭和二六年度市民税として、昭和二六年六月一〇日附賦課決定に基き、課税標準たる原告の昭和二五年度所得税額を金二五、二五〇円として、課税額金四、五四五円とする徴税令書を同月一五日原告に送達した。原告は同年七月二日右賦課処分に対し被告に異議の申立をしたところ、被告は同月二三日附決定を以つて原賦課処分を取消し、却つて、金七、一二六円を賦課する旨を主文とする増額の更正を為し、同月二五日これを原告に送達した。然しながら、右決定が税額増額の更正決定なる以上(原賦課処分を取消し、税額を金七、一二六円に増額賦課する旨の決定主文の記載に照らし、それが更正決定なることは一点疑の余地がない)、次のような違法があり取消さるべきものである。即ち、第一に、それは異議申立に対する決定として不利益変更禁止の原則に違反する。蓋し、異議又は再調査の申立の制度は、原処分の適否を、不服申立に基き、申立の方向に沿つて、その理由ありや否やを審査すべきもので、不服申立の範囲外に亘つて申立人に不利益に変更することの許されないのは、右制度本来の趣旨から出てくる当然の原則であつて、所得税法第四八条の規定は正に、その趣旨を明かにするものである。市民税につき、地方税法にはそのような明文はないが、特にこの原則の例外を認むべき理由は見当らず、むしろ地方税法所定の異議についても当然右原則の適用があると解すべきである。従つて本件決定が前述の通り賦課額を超えて申立人に不利益に増額の更正を為しているのは、明かに違法である。
第二に、仮りに、不利益変更が許される結果、右増額賦課決定が形式的に違法でないとしても、その算定の基礎に次のような誤りがある。即ち、右更正決定の理由によると、要するに、原告の昭和二五年度事業所得は金二〇〇、〇〇〇円で、その外に給与所得金五〇、四〇〇円があり且つ扶養控除七人であるから結局所得税額は金三五、七〇〇円となるべきことを根拠としている。然し、原告の昭和二五年度申告所得税額は金七、八〇〇円とあつたのを税務署と協議の結果金一七、二五〇円(所得総額二〇〇、〇〇〇円)と決定したものであり、この所得税額中には、被告指摘の給与所得金五〇、四〇〇円をも包含し、又扶養親族も八人であつて、七人ではない。従つて、原告の所得税額はあくまで金一七、二五〇円として市民税金三、一〇五円であるべきに拘らず、所得税額金三五、七〇〇円として算定した被告の前記更正決定は何等の根拠もなく明かに不当であると共に、斯かる違法な更正決定に基き発せられた同日附の徴税令書も亦その効力なきこと明かであるから、右更正決定の取消等を求めるため、本訴に及んだ」と述べ、被告の主張に対し、この決定は、被告主張のように、単なる異議棄却の決定とは到底みとめがたい。成程その内容が異議を容認しない趣旨に帰することは一応窺えるが、それは、あくまで増額の更正賦課をしたことの結果であつて、「改めて七、一二六円を賦課する」との明文を無視しない限り、増額の更正決定なることは何人の眼にも明白であり、たとえそれが前述のような瑕疵ある行政処分であるにしても、いやしくも行政処分として存在する以上、別個の適法な行政行為により取消されない限り、処分庁たる被告と雖も、便宜、恣意的解釈によつて、その増額更正決定たる部分のみを無視し去ることは許されない。
而して、右決定と同封送達された同日附徴税令書は、当然右決定に基き、これが執行のため発せられたものとして、あくまでこれと一体をなすべき具体的徴税行為の一段階にすぎず、どこまでも決定とその運命を共にすべきものであつて、その更正決定にして、その効力を、生じない違法のものなること前述の通りである以上、右徴税処分も亦無効なること明白である」と述べた。(立証省略)
被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、本案前の抗弁として、原告はその請求の趣旨中、「原告の昭和二六年度市民税の課税標準たる所得税額は金一七、二五〇円なることを確認する」とあつたのを、後に至つて、「被告が右更正決定に基き同日附で発した徴税令書による徴収処分は無効なることを確認する」と変更したが、本件訴の対象は昭和二六年六月一〇日附の当初の賦課処分の当否のみであるのに、七月二三日附の徴収処分は本件訴訟の目的たる決定とは全く別個の処分であり、且すでに異議申立期間の徒過により別個に確定しているものであつて斯ような訴の変更は請求の基礎に変更を来すものとして違法であると述べ、本案の答弁として、原告主張事実中、被告が原告の昭和二六年度市民税として、原告主張の日その主張の通りの賦課決定に基き金四、五四五円の賦課処分を為し、それに対し原告より適法な異議の申立のあつたこと、右異議に対し被告が昭和二六年七月二三日附を以て原告主張のような文言を主文とする決定及びこれと同日附の徴税令書を発し、同月二五日これが原告に送達されたことは、これを認めるが、右決定は原告の異議申立に対する単なる棄却の決定で、それ以外の効力はない。このことは決定主文のみでは、やや明確を欠く憾はあるが、その理由も全体として見れば、要するに異議を容認しない趣旨に過ぎないことは明かに看取することができる。而して異議に対する決定は理由を附し文書でなさねばならない旨の規定以外に、地方税法には何等の形式上の制限もないから異議を容認しない趣旨が認め得れば即ち棄却の決定として充分であつて、そこに何等の違法もあり得ない。右決定中に、「改めて金七、一二六円を賦課する」との文言があつても、それだけでは新たなる賦課処分とはなり得ず、単に異議を容認しないことの説明以外に何等の効力も生じない。
而して、昭和二六年七月二三日附徴税令書による増額賦課は地方税法第三一五条、第三二一条の二に基く税額変更の賦課処分であつて、同日附の前記棄却の決定とは関係なく、あくまでこれと別個の効力をもつものである、即ち、その増額賦課の経緯は、当初、原告は昭和二六年度分市民税申告書を以つて、事業所得一六〇、〇〇〇円、所得税額七、八〇〇円と申告したが、原告には右事業所得の外、関西大学講師として、給与所得金五〇、四〇〇円のあることが源泉徴収票により判明したので、地方税法第三一五条第一項第二号によりこれを加算し、事業所得金一六〇、〇〇〇円、給与所得金四二、八四〇円(支給額五〇、四〇〇円から所得税法第九条第一項第五号により勤労控除七、五六〇円引去)、計金二〇二、八四〇円、控除額九七、〇〇〇円(金二五、〇〇〇円は所得税法第一二条による基礎控除、七、二〇〇円は所得税法第一一条の五による扶養控除)、差引金一〇五、八四〇円(課税総所得金額)所得税額金二五、二五〇円、従つて、当初の市民税課税額金五、二四五円(均等割額七〇〇円所得税割額四、五四五円)を賦課したところ、右課税後、課税資料を調査した結果、原告の税務署に対する確定申告書には、前記市民税申告書の記載と異り、事業所得(弁護士)金二〇〇、〇〇〇円となつていることが判明し、且つこれには前記関西大学講師としての給与所得が含まれていないことが明白となつたから、当初の税額を更正し、事業所得金二〇〇、〇〇〇円、給与所得金四二、八四〇円、計金二四二、八四〇円(総所得金額)、控除額金一〇九、〇〇〇円(金二五、〇〇〇円は基礎控除、金八四、〇〇〇円は扶養控除七人分、蓋し、扶養親族八人の中、昭和三年一月一日生の長女典子は関西大学雇員として金四五、四八九円の給与所得を有したものであることが関西大学発行の西本典子の所得税源泉徴収票により明かであり、扶養控除の対象にならないからである)、差引金一三三、八四〇円、所得税額金三五、七〇〇円となり、従つて、市民税額金七、一二六円(金七〇〇円は均等割、金六、四二六円は所得税割額)と算定の、追徴の徴税令書の送達(追徴の内容を明かにするため、特に更正通知書添付の上)、により更正賦課するに至つたものである。以上の経過の通り、七月二三日附徴税令書による増額賦課は本件決定とは全く別途の、地方税法第三一五条に基く独立の処分であり、従つて、右決定の違法は本来右更正賦課処分の効力に影響すべき理由がないのみならず、この賦課処分に対しては原告より一定期間内に異議の申立がなかつたから、右期間の徒過と共に、市民税額金七、一二六円の賦課処分は既に確定しているといわねばならない。以上の理由により右決定の取消等を求める原告の請求は到底棄却を免れないと述べた。(立証省略)
三、理 由
一、先づ被告の本案前の抗弁につき判断する。
原告が当初、その請求の趣旨として、「原告の昭和二六年度市民税の課税標準たる所得税額は金一七、二五〇円なることを確認する」との判決を求め、後に至つて、これを「被告が右更正決定に基き同日附で発した徴税令書による徴収処分は無効なることを確認する」と変更するに至つたものであることは本件記録に照らし明かなところである。然しながら、原告の主張は、原告の異議に対する被告の昭和二六年七月二三日附決定の効力を争の対象とするものであり、その変更した請求の趣旨と云うも要するに右決定と同日附で発せられた徴税令書も亦、右決定に基き、これと不可分一体のものとして、その効力を争うものであり、どこまでも、決定そのものの無効を前提とする点において、前後、その請求の基礎に変更を生ずるものではないものと云うべく、又右変更はこれによつて著しく訴訟手続を遅滞せしめるものでもないから、許容さるべきものである。したがつて被告の右抗弁は理由がない。
二、被告が、原告の昭和二六年度市民税として、原告主張の日、その主張のような賦課処分を為したこと、それに対し原告より異議の申立があつたこと、右異議に対し被告が、昭和二六年七月二三日原告主張のような文言を主文とする決定及びこれと同日附の徴税令書を発し、これを原告に送達したこと、は当事者間に争がない。
仍て右決定は果して税額変更の更正決定として、同日附の徴税令書の交付と一体を為すものか否か、先づ右決定の意義と効力につき判断しよう。
その成立に争なき甲第一号証及び第六号証を対照すると原賦課額は、前述の通り昭和二五年度所得税額二五、二五〇円に基き、金四、五四五円であつたに対し、原告よりの異議は昭和二五年度総所得額金二〇〇、〇〇〇円、扶養控除八人として所得税額金一七、二五〇円従つて市民税額金三、一〇五円となるべきであるとし、これに対する被告の決定は主文は前述の通りであるが理由においては、要するに、昭和二五年度総所得額は金二四二、八四〇円、扶養控除七人、所得税額金三五、七〇〇円、従つて市民税額は金七、一二六円とならねばならぬと云うにあり、結局右決定は原告の異議を排斥する趣旨なることを認めることができる。而して、右決定の内容にして、少くとも異議を容認しない趣旨とすれば、それは一応棄却の決定と認める外はない。もつとも右決定はその主文において、「異議申立人に対する昭和二六年七月二日附市民税の賦課処分を取消し改めて七、一二六円を賦課する」とあるけれども、「七月二日附」賦課処分と云うものは存在しないし、「市民税の賦課処分はこれを取消し云々」の個所は恰も異議容認の趣旨にも読み得る紛はしき文言なること等、決定の主文としては欠陥と矛盾を有することは否定できないところである。然しながら、それらの欠陥等も全体として棄却の決定としての有効性を失わしめるものではないと解するのが相当である。蓋し、(一)、前記甲第一号証と乙第六号証とを対照すれば、右決定主文中の「七月二日附市民税の賦課処分」とは、原告の異議申立の日たる七月二日とその日附を混同しているものであり、「六月一〇日附」賦課処分の趣旨なることは極めて容易に理解し得るところであること、(二)、地方税法第三二八条の規定するところは、文書を以て理由を附して異議申立人に交付すべきことを要求する以外に決定としての形式上何等の制限もなく、従つて、棄却の決定としては特に主文を設けてその趣旨を明言する必要はなく、むしろ主文があつても、それのみにこだわらず全体として合理的にその趣旨を把握し得れば足ると解し得べきこと、(三)、「昭和二六年七月二日附市民税の賦課処分はこれを取消し、改めて七、一二六円を賦課する」旨の文言も、それ自体では、直ちに税額増額の賦課処分としての効力のないことは徴税令書の交付を待たずしては何人も具体的納税義務を負担するいわれがない点に徴して極めて明かである。従つて、それは決定主文の文言に拘らず賦課処分ではなく、せいぜい理由と相俟つて異議を容認しないことの説明、即ち課税額の算定には異議申立人指摘の如き何等の違法誤算もなく、却つて地方税法第三一五条により増額すべき不足分のあることを指摘しむしろ税額を追徴すべき理由こそあれ、減額すべき根拠なき所以を積極的に明にしたものと解すべきである。これを要するに前記決定は、その表見的な矛盾と欠陥に拘らず全体として有効な異議棄却の決定と認めることができる。
而して、七月二三日附追徴令書は右決定と同時に原告に送達されたものであるが、直接右決定に基くものでなく、地方税法第三一五条、第三一二条の二に基く別個の更正賦課と解すべきである。蓋し、同法第三一五条によると、市町村長は市町村民税の賦課に当り、政府の課した所得税額が過少であると認めた場合には、所得税法の定める方法に則り、自ら課税標準たる正当なる所得税額を算定し、その結果一旦賦課した税額を変更し、不足額を追徴することができるのであつて、成立に争なき甲第一号証の一部並びに乙第一乃至第三号証を総合すると、本件の場合異議に対する決定を為す機会に調査の結果、偶々、原賦課処分の算定の基礎に不足額が判明したため、改めて正当な課税標準を算定の上、右異議に対する決定と同時に、追徴令書の送達を以つて更正賦課したものなることを窺うことができる。而して賦課処分庁たる被告において、右の如き算定の誤りを発見した場合、異議申立の有無に拘らず、又その前後を問わず何時にても、更正或は追徴し得ること前示法条に照らし誠に明白であるから、たまたま、本件の如く、異議の決定と同時に増額賦課が為されたとしても、それによつて賦課処分としての効力の別個、独立性に影響があるはずはなく、又決定と更正賦課処分が時間的に区別された場合に比して、これがため特に棄却の決定そのものの効力を二三にすべき理由もない。しかも、右賦課処分に対しては所定期間内に異議申立を以つてのみ争い得べきところ、原告より、これに対し右期間内に異議を申立てたとの主張立証もないから、この点につき、すでに確定し争うべき余地はない。
以上のように、本件決定が有効か棄却の決定であつて、その主文の文言通りには何等具体的権利義務を発生するものではなく、一方七月二三日附追徴令書による賦課処分が右決定とは別個の有効な処分として右令書の交付処分を待つて、はじめて更正税額の納税義務を原告に生ぜしめ、異議申立期間の徒過と共に、右課税が確定したものである以上、これと異る前提に立つ原告の主張は爾余の点につき判断を進めるまでもなく失当なること明かであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 古川静夫 西村哲夫 田尾桃二)